ロマニー語の指示詞KAと定性標示
鮎川 敏明 (名古屋大学大学院)
ロマ(ジプシー)の言語であるロマニー語には、「他のもの;他方」の指示機能を持つ二つの異なる代名詞要素KAとAVROが存在する。KAは本来ロマニー語の四項体系指示詞のうち照応的・強調的指示詞であったのが機能面で変化したものである。なぜ重複する機能を持つKAとAVRO二要素が共存しうるのか、この理由について、その指示対象の定性に関してKAは定、AVROは不定で相補的関係にあると考えられる。
また、定の指示対象を担当するKAについて、ロマニー語では一般に指示詞は定冠詞を伴わない中で、特にKAだけが定冠詞と共起する。さらに、方言によりこの定冠詞との共起の有無が異なる。これらの理由について、その機能の変化による要因、またKA自身が現時点で専ら定指示を担う事実と不定指示のAVROという対立語との境界の安定性との複合的要因から説明を試みた。