保安語積石山方言における指示詞の現場指示用法について
佐藤 暢治
保安語積石山方言の指示詞は,Todaeva(1964)以来,遠近2系列であるという記述があるだけであり,現場指示用法すらわからないままであった。そこで,筆者が現地調査で得た資料を分析した結果,保安語積石山方言における指示詞の現場指示用法として,次の点が明らかとなった。(1)保安語積石山方言における指示詞の現場指示は,nə系,tə系,ti tə系の3系列からなる。(2) nə系とtə系は話し手からの主観的な距離に基づく遠近の対立であり,話し手は自分から近いとみなす対象をnə系で,自分から遠いとみなす対象をtə系で指し示す。「対話」においてこのnə系とtə系が使われると,対象への注目・知識が聞き手にあると話し手がみなしていることを示すが,聞き手の視点は考慮されない。(3)ti tə系は聞き手の注目・知識が対象にないと話し手がみなしたとき,聞き手の注目をその対象へ引き寄せるため,少なくとも話し手から遠いとみなされる対象に使われる。