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概念構造と他領域との接点
―事象投射理論の可能性―

企画・司会:岩本 遠億
コメンテーター:岩田 彩志

Jackendoff (1991, 1996)が提示した構造保持束縛構造は,物体と事象のアスペクト的相似を捉えようとするものであったが,説明理論としては不整備であった。岩本(2008)は,それに必要な修正を加え,新たに「事象投射理論」として発展させた。「事象投射理論」は言語に見られる主要なアスペクト現象に原理的な説明を与えるものであるが,本ワークショップでは,この理論が表示する「事象投射構造」が,アスペクト現象に関して,空間,語用,構文という他の領域で必要とされる概念をどのように取り込んでいくのかを議論し,この構造がそれらの領域との接点となり得るということを示したい。ここで言う「接点」とは,それらの研究領域で提案されている特定の分析や理論と我々の事象投射理論がどのように関連付けられるかということを意味するのではなく,あくまでも,それらの領域で問題となるいくつかの現象が,この理論の中に正しく位置づけられることを議論するものである。

事象投射理論の概要

岩本 遠億

Jackendoff (1991, 1996a)は,物体と事象のアスペクト的相似性を捉えるために,幾つかのアスペクト素性,それらの値を変更してアスペクト構造を変換する相変換関数,事象における時間,空間,物体の関係を表示する「投射」と「構造保持束縛」を提案している。岩本(2008)は,「投射」を稠密投射と非稠密投射に分類するアスペクト素性としてIwata (1999)の[±dense]を再解釈して導入し,〈変化〉と〈動き〉を原理的に定義できるよう「投射」の概念を修正した。その上で「投射」の逆関数としての「断面化関数」を導入して「状態化」を原理的に捉えられるようにし,断面化される投射項の組み合わせによって「状態化」の類型が生じることを示した。さらに「相変換関数相同項への並行適用の原則」「解釈規則による投射構造の空虚化を禁ずる原則」を提案して投射構造に制約を加えた。本発表では岩本(2008)を概観し,以下に続く発表が立脚する理論の枠組みを提示する。

空間表示との接点:両義的限界性の計算

岩本 遠億

事象の限界性は,動詞のアスペクト素性と項のアスペクト素性の組み合わせによって決定されるというのが一般的理解であるが,その例外として以下のような経路事象や消費事象がある。
  (1) a. Bill walked the Appalachian Trail in/for a month. (Jackendoff: 1996)
     b. The insects ate the apple in/for a week. (Filip 2004)
 これらの両義性は次のように証明される。[1]経路動詞と消費動詞のLCSには物体の投射構造が含まれ,これらの事象が表わす変化はその投射構造に沿って進む。[2]これらのLCSと限界的目的語を単一化する時,相強制(aspectual coercion)が働き,限界性を両義的に定義する。物体と事象が共通の代数的投射構造によって定義されると仮定することによって,このことは可能になる。本発表では,概念構造における物体と事象の代数的投射構造と空間表示における物体の幾何学的3D定義法(Marr 1982)の相違と対応関係を検討し,言語と空間表示の接点にかかわる根本問題に対してJackendoff (1996b)が提示した見解を補強・発展させる一つの議論を提示する。

語用論との接点:期待値を表示する構造―「Vすぎる」の事象投射構造―

井本 亮

「V-過ぎる」は,語用論的な要因だけで限界点が決定される構文である。事象投射構造をPustejovsky (1995, 2000)の拡大事象構造に組み入れることにより,「V-過ぎる」のCSは語用論的な「期待値」を限界的終点とする投射構造と,同じ「期待値」を限界的始点とするもう一つの投射構造の組み合わせとして定義することができる。この構造により,過剰と解釈される項の優先順位(特徴,量,時間,個体,事象など)(由本2005)が単一化における解釈コストによって決定されることを明示することができる。語用論的に「期待値」が決定されるものとして,非自明標準値を値とする形容詞(wide, longなど)や脱形容詞動詞(widen, lengthenなど程度到達動詞)の存在が知られているが(スケール構造理論,Hay (1998),Hay et al. (1999),Kennedy and McNally (2005)ほか),事象投射理論は,これらと構文として語用論との接点を持つ「V-過ぎる」の双方を一つの投射構造の中に取り込む統一的な取扱いを可能とする。

構文との接点:状態化の類型

上原 由美子

タ形連体修飾節は,変化に焦点を当てた状態化構文として知られる(cf. 金水1994,影山1996)。
  (1) a. 壊れた自転車=壊れている自転車     [結果継続]
     b. ピカピカに磨いた靴=ピカピカに磨かれた靴[結果継続]
 一方,以下のようなル形連体修飾節も状態化構文と考えなければならない。
  (2) a. 目の前を歩く人に声をかけた=目の前を歩いている人に声をかけた[動作継続]
     b. 目の前で倒れる人を抱きかかえた=目の前で倒れつつある人を抱きかかえた[動作継続]
 前者は動作事象が必ず削除されなければならないが,後者は動詞の種類に関わらず,必ず動作継続の意味となる。両者に共通する状態性と相違点を説明するためには,構文的制約を事象投射理論の中に取り込む必要がある。前者では時間項だけが断面化され,後者では時間項と空間/特徴項の両者が断面化される,と構文が指定すると仮定することによって,双方の状態化構文に対する原理的な説明が与えられる。

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