ウイルタ語民話資料における伝聞形式と証拠性
山田 祥子
ツングース語の一つでサハリンに分布するウイルタ語の民話資料では,言語的情報から得られた事柄内容を話し手自らのことばで伝える言語形式(以下,伝聞形式)がしばしば用いられる。本発表は,こうしたウイルタ語伝聞形式のうち特に倚辞=ndAについて,証拠性の意味論をもとに検討するものである。結論としては,第一に,倚辞=ndAが引用を表わす動詞un-「と言う」の三人称定動詞現在形に由来すること,第二に,その文法化にはツングース語の動詞形態の通時変化によって生じた証拠性の意味体系の空き間を補充するはたらきがあるということを主張する。なお,同様の由来・機能をもつ伝聞形式は他のツングース語にも見られるが,ウイルタ語においてはその文法化が著しく進んでいるものと考えられ,発表者はその背景としてサハリンに分布する他言語からの影響を仮定している。したがって,本発表で扱う問題は将来的に言語接触の研究へと発展する可能性を含むものである。