活格性とはなにか?:フィールドから見えてくる言語の多様性 Part 2
自動詞文の主語の格形式を使い分ける「活格性」は,これまでも国内外で論じられてきたトピックである。しかし,主格・対格や能格などの他の格組織に比べると比較的最近研究が始まったため,まだ十分に認知されているとはいえない。
そこで本ワークショップは,活格型格体系をもつとして知られていた言語(ハイダ語,グルジア語)や,活格的な現象をもつとして新たに注目されつつある言語(喜界島方言,ニヴフ語)に関する知見にもとづき,「活格性とはなにか」を多角的に問い直すことを目指す。
議論の対象となるのは,グルジア語以外いずれも話者数僅少の危機言語であるが,動詞接辞や名詞の格標示など形態的レベルで活格的な特徴を示す,言語学的に見て貴重な言語ばかりである。従来,非対格性との関係から統語論的レベルで議論されがちだった「活格性」に関し,新たな視点を提供しうるワークショップとなることが期待される。
イントロダクション
格組織の類型の中で,活格タイプがどのようなものであるか,どのような言語が活格タイプと考えられているかについて,導入的な紹介をおこなう。
ハイダ語(北米先住民諸語)と活格類型論
ハイダ語は,一般に名詞に統語関係を示す格標識をもたない孤立的な性格を有する。ただし,唯一,人称代名詞の1人称単数・複数と2人称単数には,自動詞主語・他動詞主語に用いられる形式(作動者格)と自動詞主語・他動詞目的語に用いられる形式(目的格)の区別がある。すなわち,活格性の顕現は,人間の行為・状態・性質などを表わす自動詞に限られている。2種類ある自動詞主語のどちらを選択するかにかかわっているのは,自動詞の [agency] と [control] という意味特徴によると考えられる。とはいえ,ハイダ語は作動者格動詞と目的格動詞がはっきりと区別されるわけではなく,話者によるゆれがあったり,動詞の現れる環境により自動詞主語となる人称代名詞が異なる格を取りえたりする点で,「流動自動詞主語タイプ」(Dixon 1994) に属するとも考えられる。
グルジア語(南コーカサス語族)における活格性
グルジア語は,自動詞主語が能格を取るものと主格を取るものの2種類を有し,やはり典型的な活格タイプと考えられている。自動詞主語の格の選択には,ハイダ語同様,動作主の行為者性を表わすか否かという動詞の意味特徴がかかわっていることが多い(すなわち動作主の能動的,行為者的動作を表わす自動詞は能格,そうでない自動詞は主格)。しかし,このような動詞の意味特徴にそぐわない反例も少なくない。たとえば,非行為者的動作主の主語が能格を取る例,反対に行為者的動作主の主語が主格を取る例,能格主語を取る自動詞から派生された開始相を表わす自動詞が,主格主語を取る例などである。このことから,自動詞主語の格の選択には,動作主の行為者性を表わす動詞か否かよりはむしろ,その動詞のアスペクト的性質が深くかかわっている可能性がある。
琉球方言の主体-客体表現から
喜界島方言には自動詞文の主語の格に,他動詞主語と同じ形式と他動詞目的語と同じ形式の2つがある。これについては活格以外の分析も提案されており,これまでも議論の対象となってきたが,最近得られた奄美大島方言における知見なども紹介しつつ,これが活格タイプであることを論証する。さらに,70年代後半に非対格性の概念が提唱されて以来,活格性に関する議論は主に動詞の性質をめぐってなされてきたが,喜界島方言の実例にもとづくと,主語名詞句の性質(とりわけ有生性)も活格性を考える上で無視できない要素であるといえる。上述のハイダ語において,人称代名詞の1人称(単・複),2人称(単)のみが活格的特徴を示すことも,これと無関係ではないであろう。この意味でも,喜界島方言の活格性は,名詞句の意味の統語論への貢献が注目されつつある近年の言語学に,重要な一石を投じうるものとなろう。
ニヴフ語の条件的有生性標識について
ニヴフ語は被使役者固有の格を持つ点で類型的に珍しい特徴をもっている。しかし,ある種の自動詞が埋め込まれた場合には,被使役者固有の格が現われず,文全体が他動詞文のような格フレームになる。これは埋め込み文の主語に現われる自動詞分裂ともいえる現象である。節構造に依存する能格性は報告されているが,節構造に依存する活格性の報告は管見の及ぶかぎりではない。少なくとも形態的な活格性に関してはない。このような被使役者の2種類の格標示は,節構造に依存する活格性と見なすことができる可能性があり,主節の主語の標示に集中しがちな活格性の研究に対しての問題提起となりうるであろう。