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「文の周縁部の構造と日本語」イントロダクションと発題要旨

講師:Luigi RIZZI(University of Siena),
井上 和子 (神田外語大学名誉教授),
遠藤 喜雄 (神田外語大学),
長谷川 信子 (神田外語大学)
司会:長谷川 信子 (神田外語大学)

イントロダクション

生成文法では、「取り立て詞」「モダリティ」といった日本語学では頻繁に取り上げられてきた文の陳述・語用的側面と関わる要素について、それほど深く論考を重ねてきたわけではない。これには、生成文法が述語を中心とした命題の構造の解明を第一義的な目的としたという経緯が関係していると思われる。しかし、今世紀に入り、言語と認知基盤との関係を明確に視野に入れた研究プログラム(ミニマリストプログラム)が提示され、統語構造を地図・地形(カートグラフィー)的に捉えるプロジェクトも加わり、漸く理論が「日本語のような言語」に向いてきた。殊に、「主題や焦点と関わる取り立て詞」「モダリティ」「主語の人称制限」「主語の格」などといった、日本語では文頭や文末(つまり、文の周縁部)に特徴的に現れる現象が、言語理論の構築に向け中核的な現象として、統語構造の観点――つまり、統語の基本である「機能範疇の主要部と指定部の一致」、「移動の局所性」、「凍結効果」、「言語タイプと主要部の位置」などの観点――から、分析が可能となってきたのである。

本シンポジウムでは、カートグラフィーの主唱者であるRizzi氏を迎え、その枠組みに言及して、英語、日本語の現象を考察する。カートグラフィー(殊に、CP構造)は、ロマンス語や英語などでは、左端部の要素(指定部要素)により構造化されてきたが、日本語では、左端部だけでなく右端部の文末(主要部要素)の階層性や語順も分析対象となる。このことから、カートグラフィーにおける主要部の重要性や、主要部と指定部の一致現象を扱うことができ、日本語学の研究にも統語論から新たな視点が提示できると思われる。  Rizzi氏の発表は英語でなされるが、日本語の要約を配布する。他の発表は日本語で行い、質疑応答も可能な限り、日本語で行う。

The Cartography of Syntactic Structures:
Locality and Freezing Effects on Movement
(統語構造のカートグラフィー:移動に関する局所性と凍結効果)

Luigi RIZZI(University of Siena)

Half a century of formal syntactic studies has brought to light the complexity and richness of syntactic structures. The cartography of syntactic structures is the line of research which addresses this topic: it is the attempt to draw maps as precise and detailed as possible of syntactic configurations. The cartographic projects started, about a decade ago, as an attempt to provide fine descriptions of certain zones of the syntactic tree in some Romance languages, but they immediately showed a universal dimension, and were quickly extended to many other language families. In the first part of my talk I would like to illustrate some of the results of the cartographic studies, and discuss the implications of this line of research for the Minimalist Program and for the study of the interface between syntax and semantics/pragmatics. In the second part I will focus on properties of the left periphery of the clause, and show how cartographic maps interact with classical topics of syntactic research such as the theory of locality and the freezing effects.

(過去50年の統語論研究によって、統語構造の豊かで複雑な側面が明らかにされてきた。本発表の主題である統語構造のカートグラフフィー(the cartography of syntactic structures)は、統語構造を地図のように詳細で精密に表現するという研究テーマを掲げている。10年前にカートグラフィー研究が開始された当初、その研究対象はロマンス系の言語に見られるある統語領域を記述する点にあったのだが、すぐさま、このカートグラフィーの手法が普遍的な側面を持つことが明らかとなり、他の様々な言語にも広く適用されることとなった。本発表の前半では、このカートグラフィー研究がもたらした成果を例証し、ミニマリストプログラムや、統語論と意味論/プラグマティックスとのインターフェイス研究に与える影響を論じる。後半では、文の左端に関わる現象に焦点を当て、カートグラフィー研究が、局所性や移動の凍結効果(freezing effect)という古くからある統語研究とどのような関係を持つかを示す。)

談話文法

井上 和子 (神田外語大学名誉教授)

Rizziによる補文標識句(CP)の内部構造を基に、談話文法の構造と意味解釈について論じる。Rizzi(2004)ではCPには以下の順に機能主部が並んでいる。[発話力、話題*、疑問、話題*、焦点、修飾辞、話題*、定形、時制辞句](*は重出可能性を示す。)それぞれが、指定部と補部を備えた句構造を持っている。本論文では、談話文法はCPに属し、上記の構造から話題、疑問、焦点、修飾辞を任意に選び取って成立し、論理形式部門(LF)においてこの構造に「前提」と「焦点」という意味を与えて意味解釈を行うとする。これによって旧情報と新情報の組み合わせとして談話文法が表出する情報構造は、自動的に派生されることを示す。さらに、現象文などの言語事実から、(a) 文には4つの主語の位置が認められ、(b) 定形句は「発話時」という意味素性を持っており、(c) 上記の機能主部に加えて、文型を指定する法助辞と話者の認識を表す法助辞を機能主部とする、という3点を主張する。

主語のカートグラフィー

遠藤 喜雄(神田外語大学)

本発表では、カートグラフィーの概要とそこでの主要なトピックを簡単に整理して紹介した後で、Rizzi講師が本シンポジウムの発表で取り上げる criterial freezingという原則を考察する。特に、主語に関わるsubject criterionに焦点を当て、日本語の「が/の」格交代の現象が、subject criterionに大きなインパクトを与える可能性を示し、Rizzi and Shlonsky (2008)で議論されているフランス語のque/qui交代の考えを支持する点や stylistic inversion、locative inversion, that-trace効果にも重要な示唆を与えることを見る。

文タイプ(Force)と人称制限

長谷川 信子 (神田外語大学)

主語の人称制限は、印欧語では、一般に定型節の主語と述語の間で観察されるとされ、統語理論においてはIPでの一致現象として捉えられてきた。しかし、日本語では、仁田(1991)などで指摘されているように、命令や勧誘など文末の語用的なモダリティ要素が特定の人称の主語(特に、1人称、2人称)を要求し、そうした主語は「空」でも構わない。つまり、文のタイプ(Rizzi 1997に従えば、CPシステム内の発話力と関わるForce機能)が主語と述語表現の一致を保証し、一致した主語は省略が可能となるのである。本発表では、日本語の主語省略現象をCPシステムでの現象と捉える分析を提示し、その分析が、英語やロマンス語での空主語(PROやpro)にも適用できることを示す。語用的機能が明示される主文のCP機能と構造を整備することで、従属節の主語省略現象にも新たな視点が持ち込めることを示したい。

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