上(かみ)タナナ・アサバスカ語における摩擦音の有声性の3項対立
箕浦 信勝
ナ・デネ語族の1分派アサバスカ・イーヤック語族には,30余りの言語を含むアサバスカ語族と,イーヤック語が属する。摩擦音の有声・無声の対立のないイーヤック語と同様に,アサバスカ・イーヤック祖語には,摩擦音の有声性の対立が立てられていない。一方,アサバスカ語の多くには,摩擦音の有声性の2項対立があり,これは,アサバスカ祖語にまで遡るものだとされている。
アラスカ原住民語研究所のジェフ・リアは,アラスカのタナナ川流域のタナクロス・アサバスカ語に関して,その摩擦音に,音素的な無声・半有声・有声の3項対立があることを指摘している。その上流に接した地域で話されている上タナナ語の内,これまで研究されてきたテトリン,ノースウェイの方言に関しては,摩擦音の有声性の3項対立の報告はなされていない。
先日,ノースウェイより更にカナダ国境よりのスコッティー・クリーク方言の話者と,ノースウェイの南,ナベスナ川の上流のナベスナ方言の話者に接する機会を得た。これらの2方言には,タナクロス語と同じように,摩擦音の有声性に3項対立が観察される。
リアが,タナクロス語に関して指摘しているように,上タナナ語においても,摩擦音の有声性は,多くの場合予知できる。しかし,それに外れる例もあり,また,形態的に規則的に予知できる場合でも,音声的な説明ができない場合がある,例外は余り多くなく,最小対を見いだすことは困難である。しかし,人称接頭辞の付加時に,名詞の初頭の無声摩擦音が有声に交替すると言う文法的規則かおる。この事から,無声音・半有声音間に,1部では対立があり,1部ではないと言うのは妥当性が低い。機能負担量は小さいものの,音素的な3項対立を立てておく必要がある。