日本語における格形の相互交換について
―「弾が的に当たる」と「的が弾に当たる」,「弾を的に当てる」と「的を弾に当てる」―
定延 利之
- 例えば副題に挙げた2個の自動詞文は,[的が静止しており弾が移動して衝突が生じる]という同一の事象を表し得る。格形の相互交換はこのように,事象構成物間の動静関係を交換するとは限らない。
- 自動詞文に共起するガ格と[ニ格或いはカラ格]との区別は,《速度》という基準だけでは説明し尽くせず,《発話者の注意》という基準が必要である。形式F的が弾に当たる」が上記の事象を表す時,的は発話者の注意を弾よりも惹いており,基準《発話者の注意》が基準《速度》を抑えて,実際の格形表示を動機づけていることになる。
- 他動詞文に共起するヲ格と[ニ格或いぱカラ格]との区別も自動同文の場合と基本的に同様である。但し他動詞はそもそも事象の結果よりも成立過程(即ち移動自体)に比重を置き,《速度》という(成立過程に根ざした)基準はかなり強力である。従って,《発話者の注意》が《速度》を抑えて実際の格形表示を動機づけることは困難である。しかし,[ホスト性の低さ](例.「初めは鶏を,今度は豚を槍に刺すj)或いは[影響性の高さ](「犬を鎖につなぐ」)により発話者が注意するもの(豚,犬)は,静止していてもヲ格で表示できる。
- 格形の相互交換が当該事象構成物間の動静関係を交換しないためには,以上の発話者の注意の他に,述語動詞の対称性の高さが求められる。この点,いわゆる壁塗り代換現象とほぼ対照的である。 また(一般に)対称性の高低は,[「X ト」をあい方格形式として許す/許さない]という現象と厳密には並行しない。(例えば「再婚する」「取り組む」等。)