『大清太宗文皇帝実録』の満州語音訳漢字から見た漢語の牙音・喉音の舌面音化について
山崎 雅人
『大清太宗文皇帝実録』には三種類の纂修版,即ち,A 順治初纂本 順治12年(1655),B 康煕重修本 康煕21年(1682),C 乾隆三修本 乾隆4年(1739)が存在する。各版中の天聰9年(1635)の記事を『旧満州檔』中の「天聰9年檔」と対校することにより,満州語固有名詞の音訳漢字表記を抽出・比較することが可能になる。
- ajige
阿吉格 (A)
阿済格 (B・C) - acitu taisi
阿乞兎 台 石 (A)
阿斉図 太 師 (B)
阿斉図 太 錫 (C) - baising
擺 興 (A)
拝 星 (B・C)
また,hi- で始まる満州語音に心母宇が対応している例が見られる。 coohiyan(朝鮮),lio yün hiowan (劉応選)などで,これらは漢語からの借用語であるが,満州語の綴りを決める時,心母字であるので si- とするべきなのを,誤って暁母字に由来する借用と考えたため,hi- という綴りをあてたものと思われる。このことから,満州語が漢語から多量の人名・地名を借用した時期には,心母・暁母に関しては,既に合流していた可能性が考えられる。