ヤウル語の身体部位関連構文をめぐって
細川 弘明
ヤウル語は豪州北西部で話される非パマニュガ系諸語のひとつである。筆者は現在,この言語の総合的な記述をすすめているが,その作業の一環として,今回は,身体部位関連構文(自動詞文における二重主語,他動詞文における二重目的語)と準受身文(名詞格配置は他動詞文とおなじ能格型だが,動詞の主語照応は自動詞型であるような構文)の関連について報告する。ヤウル語では身体部位名詞が主語や目的語にたつ場合,その身体の主が動詞の人称表示などに反映され,通常とはやや異なる文型が観察される。そのこと自体は,他の豪州諸語にもみられ,また日本語で「私(は)心臓がドキドキしている」に対して「私の心臓がドキドキしている」が不自然であるという現象とも軌を一にするものと考えられる,ただし,ヤウル語では準受身文にみられるようなやや特殊な動詞照応の型が成立している点が注目にあたいする。またヤウル語においては「名前」「影」「足跡」「トーテム動物」なども身体部位名詞と同様の統語的ふるまいをみせる。 これらを身体と不可分のものとしてあつかう文化的な思考の背景が興味深い。なお,本発表で用いたヤウル語の資料は,1986年1月から11月にかけて西オーストラリア州ブルーム地区でのフィールドワークで得られたものである。オーストラリア国立大学太平洋地域研究所ならびに豪日交流基金から調査資金の援助をうけたことを付記しておく。