タガログ語の代名詞移動について
―GB 理論による説明―
上山 あゆみ
タガログ語の無標の語順は VOS であるが,項が代名詞である場合,代名詞は必ず,二番目の位置にあらわれる。
(1) | Hindi | siya | b-um-asa | ng | libro. |
| not | ANG-he | AV-read | NG | book |
| 'He did not read a book.' |
ところが,この代名詞は修飾語と被修飾語との間に現れることもあり,
(2a) | Ma-ganda | siya | -ng | babae. |
| AJ-pretty | ANG-she-LK | woman |
| 'She is a pretty woman.' |
さらに,同じ意味で次の語順も許されるので,
(2b) | Ma-ganda-ng | babae | siya |
| AJ-pretty-LK | woman | ANG-she |
| 'She is a pretty woman.' |
代名詞の位置は構造的に指定されているのではなく,単に,「最初の単語の次」というように指定されていると考えられる。
しかし,構造的な制限もあり,埋め込み文や名詞句内部からの移動は許されない。
(3) | S-in - abi | ng | titser | na | [hindi | siya | b-um-asa | ng | libro]. |
| TV-say | NG | teacher | LK | not | ANG-he | AV-read | NG | book |
| 'The teacher said that he did not read a book.' |
現在の GB 理論において,付加 (adjunction) される節点は,「それを最も直接支配する・語彙項目の項でない最大投射」に限られている。この制限は代名詞移動の範囲にあてはまっているので,まず付加規則が適用され,その後,PF 部門の規則が適用されたとすると,うまく説明できることになる。これは,特に分析の手段として意義がある。付加できる範囲は統語的に制限されているので,代名詞の付加の可能性を観察することによって,様々な構文の構造が分析できるからである。