与格主語文と話題化
長友 和彦
本発表では,日本語の与格主語文が「話題化」という談話的制約を受けることを論証する。
これまで,文文法の枠組の中で非文とされてきた与格主語自動詞可能文も,次のように「話題化」されると許容文となる。
(1) a. こんな不衛生な場所でも太郎には泳げる。
b. [そんな汚い所で花子に眠れる]なんて思ってもみなかった。
(2) 同じ水泳教室へ行ったのに,太郎に泳げて次郎に泳げないのはどうしてだろう。
つまり,ここで言う「話題化」は,与格主語あるいは与格主語文の内容が,談話的コンテキストの中で想定上の,あるいは具体的な他の存在や状況と対照化されて実現する。対照となるものを (1) では想定でき,(2) では具体的に指摘できる。 統語的には与格主語に「は」(やその他の助詞)が付いたり,与格主語文が特定の構文の埋め込み文となったりする。
与格主語他動詞可能文 (3) と,その他の与格主語文 (4) において,「は」の付いた文の方が自然に響くのも,この「話題化」という制約が課せられるからであると考えられる。
(3) 太郎に(は)三ケ国語がわかる。
(4) a. 太郎に(は)もっとお金が必要だ。
b. 花子に(は)子供が三人ある。
このように,与格主語文は,主格主語文と追って,常に「話題化」という制約を受けることになる。
128名を対象にした直観的文法判断の資料を1つの拠り所にすると,文文法と談話文法は矛盾してはならないという一般的仮説を立てることができる。そうすると,与格主語自動詞可能文を非文と断定する文文法の枠組には疑問を挟まざるを得ないと言える。