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幼児音の誤りとその言語学的示唆

伊藤 克敏

幼児は神経生理的未熟さから困難な音を省略したり,類似音に置換えたりする。特に幼児にとって困難とされる/s/ /r/ /i/ 音は,省略されたり他の構音のより易しい音に置換えられやすい。即ち,/s/ は /ʃ/ /t/ /tʃ/ に,また /s/ の有声音の /z/ は,/ʒ/や /d/ に置換えられる傾向がある。こういった傾向は米児やロシヤ児等にもみられ,かなり一般的な特徴といえよう。 Menyuk (1971) は,/s/ /r/ は5歳位にならないと習得されないと述べている。また,母音の /i/ も省かれやすく,/e/ に置換えられやすい。 Steinberg (1982) は「緊張を要する前母音 /i/ は習得が遅れる」 (p.149) と述べている。
一方,方言における /s/ /r/ /i/ が,幼児の発達途上音とかなり類似した傾向を示す。 /s/ /ʃ/ の省略は九州,愛知,東北地方にみられ、また /r/ の省略も佐賀,長崎,東北の各地でみられる。置換えでは,/s/ → /ʃ/ は九州各地,島根,岩手等にみられ,/z/ → /d/ は山口,和歌山,奈良等に,更に /r/ → /d/ は鹿児島,福岡,ハ丈島等に,また /i/ → /e/ は鹿児島,大阪,埼玉,長野,岩手等,広範囲で観察される。
ところで,幼児が言語変化に深く関わっているという考えは18世紀頃からあり,Paul (1888),Grammont (1902),Manly (1933) 等を経て,Halle (1962),Kiparsky (1968),Weinreich, Labov, Herzog (1968),Stampe (1969) 等に継承されているが,幼児の「不完全な習得音」がそのまま定着する,という説がかなり一般的である。幼児は親よりも,少し年上の児童のことばを最終的なモデルとして習得し,親に話す場合と子供同志で話す場合と,ことばを使い分けるといわれる。
上にみた /s/ /r/ /i/ はかなりの緊張音なので,省略されたり他の類似音と置換えられるのであろうが,幼児音が方言音のあり方に何らかの影響を与えていると考えられる。幼児音の研究は方言や言語変化の研究に,多くの示唆を与えるであろう。

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