古典ヘブル語の物証文におけるテンス・アスペクトについて
―談話文法の視点から―
古典ヘブル語の動詞には,接尾辞で人称変化する gātal 形 (QTL) と接頭辞と接尾辞の組合せで人称変 化する yigtōl 形 (YQTL) という2つの形かおる。これらの形が持つ意味について,これまでにテンス説,相対テンス説,アスペクト説などが提出されたが,いずれも完全な解明には至っていない。
古典ヘブル語の動詞の問題を複雑にしている最大の要因は,QTL と YQTL に w- という接続詞のついた形 (wəgātal と wayyigtōl) である。現在のほとんどの文法書では,主に
(1) QTL …… wayyigtōl …… wayyigtōl
(2) YQTL …… wəgātal …… wəgātal
という連鎖において,(1) QTL = wayyigtōl: 過去あるいは完了,(2) YQTL = wəgatal: 非過去あるいは未完了,と説明されている。
しかし,談話文法の視点から,Foreground (FG: 物語の骨組部)と Background (BG: 物語の肉付部)1) という分析概念を用いて古典ヘブル語の物語文をみてみると,wayyigtōl は FG 専用形で,QTL は wayyigtōl に対する BG を示していることが明らかになる。このことは,(1) のタイプの連鎖における QTL が,従属節に現れたり,新しい話題を導入していたり,否定辞を伴っていたりすることから判断することができる。
また,完了相 (perfective) というアスペクトを QTL に付与すると,QTL と wəgātal をテンス・アスペクトにおいて区別する必要がなくなる。その結果,(2) のタイプの連鎖における YQTL と QTL の関係は,話題化を示す語順,従属節,否定文,来完了相などによって特徴付けられる YQTL が QTL に対して相対的により BG 性を持つという形で捉え直すことができる。
1) P. J. Hopper "Aspect and Foreground in Discourse," in T. Givón (ed.), Discourse and Syntax, Academic Press: New York, 1979, 213-241. の用語。