「しか~ない」構文の構造
Muraki (1978) と Sagawa (1978) は,係助詞「しか」と「ない」との間の構造関係は,それぞれ,(1), (2) であると仮定し,この仮定の下に,彼等独自の方法でこれらの要素の分布を説明しようとしているが,いずれも理論的にあるいは経験的に不備であり,受け入れ難い。
(1) 「しか」と「ない」は同節要素でなければならない。
(2) 「しか」は「ない」に統率されていなければならない。(「しか」が「ない」を統率する必要はない。)
久野暲氏は,「しか」と「ない」との間の構造関係は (3) に示されている様なものであり,「しか」句は従属節の先頭の位置からその表層の位置にくりあげられると主張している。
(3) [S [NP X しか][S○……ない]]
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「しか」と「ない」との間の構造関係についての久野氏の考えは正しい。しかし,その正当性を裏付ける証拠の多くは,「しか」句はむしろ基底でその表層の位置に直接生成されなければならないことを示している。(eg.「英語しか外国語が話せる人がいなかった。)また,(3) は「しか~ない」文の構造が所謂「は」主題文のそれと同じであることを示唆しているが,これは意味的にも裏付けられる。「しか」 にも「は」と同様のとりたて機能があり,とりたてられたものがそのメンバーとなっている集合は談話の主題でなければたらない。この様な「しか」の主題助詞としての機能を考慮に入れると,この助詞を含む文が「は」主題文と同じ構造を持つのは明らかである。
そこで,「は」主題文を生成する規則が「しか~ない」文をもカバーできる様にこれを次の様に修正する。
この規則の反復適用によって非文が過剰生成される可能性があるが,それを防ぐために「しか」の生起に関する条件と境界節点の解釈に関する規約をそれぞれ一つ提案する。