日本語の受動構文
井口 厚夫
前回の神戸大会では日本語の「ある」という形態素に助動詞用法,接辞用法の区別を立てたが,これは「ラレ」にも同様にあてはめることができるように思う。最近の生成文法は,passive morphology を接辞化と考えるものであり,結果的には Non-Uniform 説を主張している。だが一方,日本語が2つの全くちがう受勧化のシステムを特つことになってしまうのではないかという危惧も出てくる。
実際,直接受動と間接受動が統語的に異なるとする例はいくつも挙げられている。例えば,動作主がマークされる格助詞は直接受動では「ニヨッテ」,「デ」,「カラ」,など特殊な助詞を許すことがあり,間接受動が「ニ」一辺倒であるのと対照的なのである。この「ニ」は補文中の「ガ」が変化したものであるのに対し,直接受動の助詞群は,英語で言えば by などの前置詞に相当するものであろう。
では,統語構造が異なると仮定して,2つの受動態は全くちがうものなのか。ここで,直接受動とは動作主を主語からひぎずり降ろすプロセスである。従って最初から動作主を持たない動詞―いわゆる所動詞―は受動化されないのだが,間接受動構文に関してもその主語は動作主ではない。(例えば「タローは赤ん坊に泣かれた」の“タロー”)いねば,間接受動の「ラレ」は所動詞の性格を特っているのだ。こう考えれば,直接/間接受動構造とも,「受動化」は機能的(?)には「所動詞化」というプロセスとして一貫して捕えることができ,所動詞が受動化されない納得の行く説明にもなる。