現代チベット語の助動詞 yon の意味
―経験想起,聞き手指向の意志―
星 泉(東京外国語大)
本発表は,チベット語ラサ方言の助動詞 yon の3つの意味と,それらの意味の関係を明らかにするものである.yon は本動詞完了形語幹と共に動詞述語を形成し,1) 回想,2) 予測,3) 聞き手指向の意志という意味を表す.1) 回想の yon は,話し手が自らの豊富な経験を想起しながら,自分の経験的に熟知している事態について述べるのに用いられる.2) 予測の yon は,話し手が経験的に熟知していることをもとに,ある事態が起り得るという予測を述べるのに用いられる.3) 聞き手指向の意志の yon は,聞き手に対して何かを行うつもりであることを表明するのに用いられる.但し,「今ここ」以外の場所で行うという含意がある.1) 2) は,経験的熟知をもとに述べるという点,2) 3) は事態が起こるかどうかは不確実という点で共通しているが,三者が同義であるという積極的な根拠はない.むしろ本動詞の yon のもつ3つの意味(来る,なる,相手の所に向う)にそれぞれ由来する多義の助動詞として分析される.