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古期ヒッタイト語の分詞について

佐久間 保彦(東京大大学院)

ヒッタイト語はインド=ヨーロッパ語族に属し,紀元前2千年紀にアナトリア半島で使われた言語である.古い方から,古期,中期,後期の3期に分けられる.本発表では,古期ヒッタイト語を対象として,その分詞を扱う.ヒッタイト語の分詞の用法には,以下のものがある.

(1) har(k)-「~を持つ」との複合形で述語を形成する.
(2) es-「~である」(3人称現在では省略)との複合形で述語を形成する.
(3) 名詞を修飾する.
(4) 名詞を形成する.
(5) 副詞を形成する.

このうち,本発表で取り上げるのは,(2) (3) (4) の用法である.es-と述語を形成する場合の主語の名詞,分詞が修飾する名詞,および,分詞が形成する名詞が,その分詞のもとになる動詞を本動詞(人称,数,時制の表示のある形)として用いた文のどの格の名詞に相当するか,という点に絞ってこれらの用法を調べる.

従来,ヒッタイト語の分詞については,(1)の用法(この用法では,分詞の場合と本動詞の場合の構文は同じである.)を別にすれば,他動詞は「受動」,自動詞は「能動」という捉え方をしてきた.しかし,これはあいまいな捉え方である.(2) (3) (4) のいずれの用法でも,その名詞が,本動詞を用いた文の何に相当するかがはっきりしない.おそらく,他動詞では目的語,自動詞では主語に相当するということであろう.ただ,目的語といっても,格でいえば,対格か,あるいは,与―位格(与格と位格は同じ形)などの他の斜格(主格以外の格)かがわからない.そのような観点から分詞を調べた先行研究は,私見では見あたらない.本発表で取り上げる所以である.

なお,時期は,古期に限った.古期ヒッタイト語を選んだ理由は,もっとも古い段階の状況を知りたいから,数が少なく全体を見渡すのが容易だから,などが挙げられる.(ここでの古期ヒッタイト語には,古期テキストの古期の写本の他に,古期テキストの中期の写本と,古期テキストの後期の写本も含まれる.ただし,特に古期の写本を資料として優先して使う.) 結論は次の通りである.

分詞がes-と述語を形成する場合の主語の名詞,分詞が修飾する名詞,分詞が形成する名詞は,いずれも,

(i) その分詞のもとになる動詞が他動詞ならば,その動詞を本動詞として用いた文における対格の名詞に相当する.主格の名詞ではない.対格以外の斜格の名詞でもない.

(ii) その分詞のもとになる動詞が自動詞ならば,その動詞を本動詞として用いた文における主格の名詞に相当する.斜格の名詞ではない.

言い換えれば,分詞を用いた表現の分布は,他動詞文の目的語と自動詞文の主語であり,他動詞文の主語ではない.その意味では,能格パターンの分布といえる.

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