コモックス語のアプリカティブの接尾辞について
渡辺 己(京都大大学院/学術振興会)
コモックス語はセイリッシュ語族に属し,カナダ,ブリティッシュ・コロンビア州で数百名によって話されている言語である.同言語は,述部内にアスペクト,数,指小性,主語,目的語,時制などを,主に接尾辞と重複法を用いて表わす,いわゆる複統合語である.そしてそのような述部内で,接尾辞 -ʔəm は,先行研究において,受益者を導入するものだとされてきた.
この接尾辞 -ʔəm は,他動詞標識に後続され,さらに目的語標識に後続される.-ʔəm が付かない他動詞構文では正格で表わされる被動者が,-ʔəm の付いた他動詞構文では斜格に降格される.したがって,この接尾辞はいわゆるアプリカティブと呼ばれるものと同様の構文をつくる.(ただし,セイリッシュ語学では indirective と呼ばれることが多い.ちなみに名詞項は一般的に述部に後続し,正格か斜格のいずれかで表わされる.前者は自動詞主語,他動詞主語と目的語を表わし,後者はそれ以外のすべてを表わす.)そして,-ʔəm が付いた他動詞の目的語は,従来,受益者を表わすと記述されてきたが,現地調査をとおして,それが必ずしも受益者ではなく,コンテキストによっては,被害者,さらには特に受益も被害も受けていないが,何らかの影響を受けた者をも表わすことが分かった.すなわち,この接尾辞の機能は積極的に意味を付加するというよりも,論理的被動者以外の項を目的語に昇格させるという,項の操作にかかおるものだと考えられる.