非両立語・多項対立の反意関係
反意関係 (opposition) は古くから意味論における主たる研究対象として,われわれの関心を集めてきた.しかし,これまでの反意関係に関する研究は意味論の性質上,静的な意味の関係に注目し,われわれが日常の言語活動で感じる反意性に真剣な努力が払われることはほとんどなく,意味関係 (sense relation) に及ぼす言語外的知識の重要性はほとんど無視されてきた.
たとえば,従来の客観主義的意味論では,「犬―猫」のペアは単なる2つの非両立語としてしか扱われてこなかった.しかし,われわれは「犬の反対は?」ときかれたら,即座に,あるいは,ためらいながら,「猫」と答えるであろう.重要なのは,ためらいながらであれ,「猫」を「犬」の反意関係におけるパートナーとして想起するという心理的事実である.「カメ」や「インコ」,「ウサギ」などもペットである点で「犬」や「猫」と共に非両立語の関係にあるが,「犬―猫」には,「犬―インコ」,「犬―ウサギ」以上の関係があるように思われる.つまり,「犬―猫」を単なる2つの非両立語とするのは一般化しすぎであろうと思われる.また,従来,多項対立はその成員一つ一つが相互に等しく,弱い反意関係ではあるが,反意関係にあると考えられてきた.この考え方では,たとえば,曜日名で言うと,「月曜日―木曜日」が反意関係にあることになる.さらに,「月曜日―木曜日」と「月曜日―日曜日」の反意性が等しいことになる.
こういった,理論と実際のずれは,反意性を段階的なものととらえることによって埋め合わせることができる.「犬―猫」や「月曜日―日曜日」などの弱い反意関係は「大―小」「男―女」「行く―来る」などの典型的な反意関係の意味構造との類似性に基づいて構造化されている.この考察により,意味関係における百科事典的意味の重要性と反意関係が程度の問題であることの二点を指摘した.