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失文法患者の主格を表す「が」の産出状況に関する意味的要因について

井原 浩子(東京造形大)
藤田 郁代(国際医療福祉大)

日本語失文法の産出文は,格助詞の脱落,誤用が特徴の一つとして挙げられる.本発表では格助詞の誤用の内,主格を表す「が」を取り上げ,「が」の正誤は統語的な要因ではなく,意味的な要因に依るものであることを示す.統率束縛理論 (Chomsky 1981) に基づくと,主格は INFL[+Tns] により主語に,対格は他動詞により目的語にそれぞれ付与され,「が」や「を」はそれぞれ主格,対格の具現形と考えられる (Takezawa 1987, Miyagawa 1989, Mihara 1994).藤田,井原 (1993) のデータ分析の結果は,失文法患者の「が」の正答率はかなり高いことを示している.これは主格と対格の格付与の仕方の違い,あるいは主語,目的語の統語構造内での位置の違いに起因すると考えることができる.仮に「が」の正答率がこれらの統語要因によるとすると,主語名詞句の意味特性や,視点の違い等とは無関係に「が」の正答率は高いという予測が成り立つ.しかし,産出データの内,非対格助詞で主語が人間,非対格助詞で主語が非人間,非能格動詞で主語が人間を選び,失語症患者全体の「が」の正答率を調べた結果,主語名詞句の意味特性 [+human] が「が」の正答率の決定要因と考えられる.さらに移動動詞及び授受動詞を用いた別の実験結果からも,「が」が正しく産出されるか否かは統語的要因ではなく,意味的要因に依存していると考えられる.これらの結果は,認知文法 (Langacker 1987, 1991) の主語性の要因,行為の連鎖,顕現効果で説明できる.すなわち,失語症患者は階層性を持つ4つの要因に関して上位に位置するプロトタイプの主語の場合は「が」を正しく産出できる.また,顕現化された部分の行為の連鎖の末尾を主語にする,いわば行為の連鎖に逆流する「受け取る」タイプについては,先頭を主語にする無標の「渡す」タイプで置き換える.以上のように,失文法患者の「が」の産出には認知に関わる意味的要因が深く関係している.

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