マム語の認知言語学的分析およびその批判的考察
オチ・デボラ(カリフォルニア大・デービス校大学院)
堀江 薫(東北大)
堀江 薫(東北大)
本研究では,グアテマラと南メキシコで話されているマヤ語族の一言語であるマム語 (Mam) の方角詞を,Langacker の認知文法理論の表示方法を用いて記述した.認知文法は,前置詞などの機能語の意味を trajector と landmark からなる図によって視覚的に表示するため,マム語のように一般に知られていない言語の機能語の意味を明示的に表すという目的には理想的であるように思われるからである.実際に,マム語の方角詞の意味を記述する際に認知文法の視覚的表示方法がきわめて効果的であることが,多くの方角詞に関して実証された.然し,一方マム語の方角詞の中には「中へ;東に向かって」というような意味を有し,我々の文化・慣習とは異なる発想・論理を示すものがあることも明らかになった.このことによって,単一の図によって一つの(語彙的・文法的)語の意味を全て表示することは必ずしもできないという Langacker 自身の主張 (Langacker 1995) が裏付けられたと同時に,マム語の個々の方角詞が特定の意味(例「中へ;東に向かって」)を一語で表している背後にどのような文化的発想・論理が存在するのかが現地調査によって明らかにされない限り,複数の図を用いたとしてもマム語のいくつかの方角詞の意味を十分明示的に表すことは困難であるという結論が得られた.