現代日本語の「名詞のコト」の統語的分布と意味
現代日本語の「名詞のコト」(以下「N のコト」)には,「命題内容」指す用法と(以下「N のコト <PROPOSITION>」),と「個体」を指す用法(以下(N のコト <IDENTITY>」)とがある.
(1) 「N のコト <PROPOSITION>」 a. *太郎が花子を話している
b. 太郎が花子のコトを話している
(2) 「N のコト <IDENTITY>」 a. 太郎が花子を愛している
b. 太郎が花子のコトを愛している
(1b) の「コト」は動詞の語彙的な意味に要求されているが,(2b) の「コト」は動詞の語彙的な意味に要求されていない.本研究の目的は,この二つの用法の意味の違いが,統語構造に関与的であることを示すことである.「N のコト >PROPOSITION〉」は受動文の主語になることが可能であり,名詞句内においても動詞の項として認可される.一方,「N のコト <IDENTITY>」は受動文の主語になることができず,名詞句内でも動詞の項として認可されない.このことから,「N のコト <PROPOSITION>」は動詞に認可される項であるが,「N のコト <IDENTITY>」は,動詞に認可される項ではないことが導かれる.
問題は「N のコト <IDENTITY>」を認可するのが何かという点である.「N のコト <IDENTITY>」と共起する述語は,「愛している」「好き」などの「感情述語」か,「てやる」「たい」などの「感情要素」である.このような述語の特性から,「N のコト <IDENTITY>」の認可について次のような仮説をたてる.
(3) 「N のコト <IDENTITY>」は,述語がもつ「感情要素」により認可される.「N のコト」の二つの用法は,それを認可する要素に違いがある.
「N のコト <IDENTITY>」が指す「個体」は,感情の向かう「属性」を含むものだと考えられる.ここに,二つの用法の接点がある.