現代アイスランド語の -st 形相互動詞
入江 浩司(東京大大学院)
アイスランド語で相互関係を表す生産的な手段は,相互代名詞(英語の each otherに相当)を使用することである.例えば,berja +Acc「~を殴る」という動詞だと,berja hvorn annan で「お互いを殴る,殴り合う」という意味が表せる(hvorn annan は相互代名詞の対格).一方,非生産的であるが,berjast 「戦う」のように,同じ動詞に -st という接辞(起源は再帰代名詞)をつけたもので相互関係を表せる場合があり,これを「-st 形相互動詞」と呼ぶ(berja は「非 -st 形の動詞」).-st 形相互動詞は,事態を全体としてとらえ,関与者の個別の行為には注目しない表現となる.berjast 「戦う」の例文:
(1) | Jón | og | Anna | böðust. |
ヨウン | と | アンナ (NOM) | 戦った (3-pl) | |
「ヨウンとアンナが戦った.」(必ずしも「殴る」必要はない) |
(2) | Jón | barðist | við | Önnu. |
ヨウン (NOM) | 戦った (3-sg) | と | アンナ (ACC) | |
「ヨウンがアンナと戦った.」 |
(1) は「AとBが~」のように,関与者を一つにまとめた表現.本発表で扱った -st 形相互動詞はすべて,(1) に相当する表現が可能.(2) は「AがBと~」のように,関与者を分けた表現.(2) に相当する表現が可能な -st 形相互動詞は一部に限られ,対応する非 -st 形の動詞の意味から離れて,特別な意味を帯びたものに多い傾向がある.