バリ語デンパサル方言の「ang」動詞・「in」動詞
塩原 朝子(東京大大学院)
バリ語には,いわゆる「applicative」の機能を果たす接尾辞「-ang」「-in」がある,本発表では,この接尾辞がついた他動詞(以下「ang」動詞,「in」動詞)の中で,■ある対象(道具)を動かし,別の対象(場所)に影響を与える種類の動作を表すものに関して,その意味,用法を考察する.まず,例文を紹介する.
(a) | ia | ngetok | tembok | aji | tungked | |
3. | N-叩く | 壁 | inst. | 棒 | 「彼は棒で壁を叩く.」 | |
(b) | ia | ngetok-ang | tungked | di | tembok. | |
3. | N-叩く-ang | 棒 | loc. | 壁 | 「彼は棒で壁を叩く.」 |
(a) は基本形の文,(b) は ang 動詞の文である.このような基本形と「ang」動詞・「in」動詞の構文の意味上の違いをもたらす要因は動詞ごとに決まっていて,次の三つに分類できる.
(1) 「道具(動作主が動かすもの)」と「場所(それによって影響を被るもの)」のいずれの状態変化が動作主の意図するものであるか.
(2) 動作主がある対象をある方向に向けて動かす動作において,その対象が別の対象に到達するかどうか.
(3) 動作が表す動作によって誰か(主に話し手)が被害を受けるかどうか.
この (1)~(3) の違いは,いずれも,「動作主の働きかけの対象のちがい」という観点から説明できる.一般に,動作主の働きかけの対象として表される語の方がそのままの形の名詞句で,そうでないものの方を表す語が前置詞句で現れるということがいえる.