謙譲表現「……(さ)せていただく」の機能の拡張
井口 裕子(獨協大大学院)
「X は(が)Y に(を)……(さ)せていただく」という表現は,Y を高め,X を相対的に低めるという機能をもち,かつ,Y の許可や恩恵を得て「……する」ということを表す表現だと一般的に言われている.ところが,最近は,Y の許可や恩恵を得て何かをするとは捉えられないような場面でも使われており,話し手 X の行為をへりくだって述べる表現としても使われている.
本発表では,この表現の実際の使用例を観察し,その使用範囲が「実際に Y の許可(恩恵)を得てすることを許してもらうという文脈」から「実際には Y の許可(恩恵)を得るわけではないが,そのように捉えることができる文脈」へ,さらに「Y の許可(恩恵)を得てするとは捉えることができない文脈」へと拡張してきていることを示した.そして,このような使用の拡張の要因を,(1) 意味的及び形態的側面,(2) 敬語の使い分けに関する心理的ファクター(菊地 1994),(3) 話し手による類推という3点から考察した.
上で示した「……(さ)せていただく」という表現の使用範囲の拡張は,菊地(1979, 1989, 1994など)の分類では「話題の敬語」から「話題の敬語と対話の敬語の両面をもつもの」へという変化に相当し,「話題の敬語」から「対話の敬語」へという敬語全体の変化の一例と見なせることを指摘した.