日本語の動詞「いく」のテンス,アスペクトの機能をもつ補助動詞への文法化
―英語の動詞“go”との比較を通して―
高梨 博子(日本女子大大学院)
文法化とは,ある内容語が文法的な機能をもつ語へ変わることであり,この現象は諸言語において普遍的なものだとされている.本研究では,互いに相当する意味をもつ動詞「いく」と“go”の文法化を比較することによって,文法化の普遍性の中にも,言語による特徴的な現象があることを示すことを目的とする.
“go”は,もともと空間的概念と時間的概念をもち,そのうちの空間的概念が土台となって,近い未来を表す広い意味でのテンスマーカー“be going to”に文法化されていることが知られている.
「いく」については,文学作品から,他の動詞の後に表れる動詞として使われている表現を通時的に収集・分析をおこなった.その結果,まず,「いく」には,古くから空間的概念と同時に時間的概念も備わっていることがわかった.また,「衰えゆく」のように,他の動詞の後に表れる形の「いく」で時間的概念をもつものは,動作の継続・進行を表すアスペクトの機能をもつ補助動詞に文法化されており,「遊んでいけよ」のように,他の動詞の後に表れる形の「いく」で,空間的概念をもつが意味的には前の動詞の動作のみがとられるものは,近い未来を表すという,広い意味でのテンスの機能をもつ補助動詞に文法化されていることがわかった.
文法化の普遍性として,「いく」も“go”も本来もっている空間的概念からテンスという時間的機能をもつ語へ文法化されていることがわかった.また,文法化の言語による差異として,「いく」は時間的概念からアスペクトという時間的機能をもつ語へ文法化されているのに対し,“go”には時間的概念からの文法化がみられないことを示した.