韓国の企業における敬語運用について
―韓国企業への日本語影響説をめぐって―
韓国語における敬語は,いくつかの専用要素を持っている点,また,尊敬表現・謙譲表現・ていねい表現といった種類があるという点で日本語と似ていると言われている.しかし,相違点も少なからず存在し,特に運用面でその相違が著しい.例えば,日本語の場合は,話題の人物が話し手または聞き手より目上であっても,その人物が話し手側に属していれば,尊敬表現を用いないのが普通である.これに対して,韓国語は,話題の人物が話し手・聞き手よりも目上の人であれば,たとえ話し手の身内であっても尊敬表現を用いる.つまり,話し手と聞き手以外の第三者(話題の人物)を対象とするときの表現で両国語の違いが鮮明になるのである.ところが,韓国の企業の中での敬語運用には,一見日本のような相対敬語的な用法が存在しているかに見られる場合がある.例えば,社員が部署長に対して課長が不在であるということをいうときに,話題になる課長に対して尊敬語を用いない敬語法が実際によく観察されるからである.このことから,一説では韓国企業へ日本語の影響が及んだとされている.
本発表は,韓国の大手企業と中小企業を調査対象として,職階による上下関係にみられる第三者敬語を中心に,運用の実態や使用者の意識などについて調べたものである.調査の結果,社内の人間同士で用いられている敬語法には,軍隊で身につけたと思われる「圧尊法」の意識が強く影響を与えていることが判った.一方,社内の上司のことを外部の人にいう場合の敬語法では,大手企業と中小企業とで相違がみられる.これは,主に大手企業で行われている社員教育がかかわっているようである.なお,韓国企業への日本語影響説に対しては,次のように説明することができる.
(1) 社内の人間同士で行われている敬語運用は,日本語の影響ではなく,韓国の固有の敬語法から生じた現象である.(2) 外部との対応において,大手企業で確認される現象には,多少ではあるが日本語の影響があると認められる.