世界の言語において、文法カテゴリーと意味の関係は多様であり、カテゴリー化のプロセスや文法化のプロセスなどは各言語によってさまざまである。しかしながら、そうした多様性は全く無秩序なものではなく、そこには何らかの言語普遍的な基盤があり、また、普遍性から多様性に至る過程では様々なパラメータが関与していると考えられる。本ワークショップでは、特にヴォイスと空間表現に関わる問題に焦点を当て、東アジアの諸言語におけるカテゴリー化と文法化に見られる多様性と普遍性について新たな視点を示した。
中国語では広東語をはじめ多くの方言において、「与える」を意味する授与動詞が文法化を経て、英語のbyにも似た受動文の動作者マーカー(以下「受動文AM」と仮称)の機能を獲得している。従来の研究では、この種の文法化は、授与動詞がまず「事物の<授与>」から「行為の<許与>」への意味拡張を通して、許容使役文の<被使役者>マーカーとしての機能を獲得し、さらには、許容使役文の<被使役者>が一面<動作者>でもあることに動機づけられて、受動文の<動作者>マーカーすなわち「受動文AM」へと拡張したものと見られている。しかし、このような解釈は、北京語や上海語のように歴史的にも共時的にも、授与動詞が「受動文AM」機能のみを有し、<被使役者>マーカーの機能を十全に獲得していないタイプの方言に対しては有効ではない。本発表では、北京語と上海語を対象に、授与動詞が、広東語などとは異なるプロセスで「受動文AM」の機能を獲得する文法化の可能性を示し、<授与>と<受動>の間に成立する意味的および構文的ネットワークのあり方の方言類型論的な差異を明らかにした。
本発表では、「AFFECTの概念に基づく受動」「BECOMEの概念に基づく受動」という観点から、日本語・中国語・韓国語の受動文の比較対照をおこなう。中国語のBEI受動文「 x 被 y VR 了」(V:動作、R:結果)は「動作 V によって状態 R にナル」ことを表す点ではBECOME型的だが、執行使役文「 y 把 x VR 了」の逆の立場からの叙述という点ではAFFECT型的なところがある。日本語のニ受動文、韓国語の -i-(-hi-, -li-, -ki-)受動文、patta受動文、tanghata受動文はAFFECT型受動だが、韓国語のAFFECT型受動は、当該事態が被動主に発生したことを述べる点で、「なる」にかなり近い。韓国語に「なる」の意を表す語を用いたBECOME型の受動文(cita受動文、toyta受動文)が存在することも、このことと関係すると見られる。一方、日本語のAFFECT型受動は、当該事態が被動主に発生することによって生ずる影響関係を表すため、「なる」とは一線を画す。日本語に排除受動や「てもらう」構文が存在し、韓国語に存在しないことも、このことと関係する。
ベトナム語と中国語はともにVO 型の声調言語である形態変化が少ない上、分析に意見が分かれる「動詞連続構文」を多用するとされる。この発表はこうした類型的に近い言語の移動動詞のカテゴリー化と文法化の異同を考察することによって、関心をあつめている空間移動表現のタイポロジーに貢献することを図る。事例研究1では、経路動詞のカテゴリー化をみていく。中国語は移動経路を「非直示経路+直示経路」の二重標示がほとんど必須的となっているのに対して、ベトナム語では逆に直示経路と非直示経路を同じ動詞句で組み合わせることが基本的に許されない。事例研究2では、ベトナム語で直示動詞「来る」の意味を兼ねながら、「つく」も意味し、「まで」へと拡張する動詞の文法化を考察し、中国語の対応する“到”とのずれを考える。ベトナム語の「つく」は話し手の主観的評価の表現をつくるという、中国語にみられない機能拡張を見せている。但し中国語には南北差もあり、南方方言の方がベトナム語に近い。