空間移動表現の類型論的研究 ―直示移動表現を中心に―

守田 貴弘 (東京大学大学院/東京大学21世紀COE)

本ワークショップでは、日本語を起点とする日・中・仏・英・独・露の翻訳テクストをデータとして用い、今までに中心的な移動要素として扱われてこなかった直示経路を一般経路と区別して分析することで、類型論(自律移動に限定する)に新たな視点を提供することを目的とする。経路(直示および非直示)、様態といった意味要素が各言語においてどのような統語要素(主動詞、従属動詞、接辞など)で表されるのかという点を中心に議論を行い、言語間の異同が個別言語に内在的な理由によるものなのか、それ以外の要素に起因するものなのかということを追求するものである。

日仏語の直示表現と類型内の多様性

守田 貴弘 (東京大学大学院/東京大学21世紀COE)

日本語と仏語は共にVerb-Framed Languageに分類されるのだが、両者の間では以下の系統的な差異を指摘することができる。まず、日本語では「非直示経路+経路」という組合せが多いのだが、この構造に対して仏語ではほとんどの場合に非直示経路だけが残り、少数の語彙化した直示動詞(「戻ってくる」に対するrevenirなど)のときにのみ直示情報が保持される。また、仏語では「非直示経路+前置詞経路」という組合せが非常に多く、前置詞が経路情報の一部を担う傾向が強い。さらに、日本語の直示移動が様態と共起するとき、仏語では、移動が境界横断を含んでいれば主動詞は非直示経路を表し、含まないときには様態動詞が主動詞となって前置詞が経路情報を担う(Satellite-Framed的構造)傾向がある。

中国語の移動表現に見られる選好パターン-日本語と比較して-

相原 まり子 (東京大学大学院/東京大学21世紀COE)
ラマール・クリスティーン (東京大学/東京大学21世紀COE)

本研究では、直示経路、非直示経路、様態という三要素の組み合わせパターンに注目し、中国語の自律移動表現の特徴を日本語と比較しながら考察した。分析には、対訳コーパス及び中国語のドラマ、小説のデータを用いた。結果は次の通りである。(i)日本語では、「非直示経路+直示経路」という、言語によっては非常に現われにくい組み合わせパターンが高頻度で現われるが、中国語でもこのパターンが頻出する。両言語は、Talmy 2000の類型論では異なる類型に入るが、この点においては非常に類似している。(ii) 今回調査した対訳コーパスでは、日本語で非直示経路動詞が単独で出てきている場合に、様態を補って中国語に訳されるケースが多く見られた。これは、中国語の移動表現では様態が表される傾向が強いという先行研究の指摘にも合致するが、「様態+非直示経路」の頻度はコーパスによって差が大きく、特に会話データにはあまり見られない。

英語、ドイツ語、ロシア語における空間移動表現:日本語との対比において

古賀 裕章 (東京大学大学院/東京大学21世紀COE)
青木 葉子 (東京大学大学院/東京大学21世紀COE)
Koloskova Yulia (東京大学大学院/東京大学21世紀COE)
水野 真紀子 (東京大学大学院/東京大学21世紀COE)

本発表の目的は、これまで移動表現の研究において、あまり議論の対象とされてこなかった直示経路に注目し、『ノルウェイの森』対訳コーパスを用いて日・英・独・露の移動表現を比較することである。直示情報を容易に表現に組み込める構造を持つドイツ語では、そうではない英語と比べ、直示情報がより頻繁に表現されることが予想されたが、実際には有意義な差が見られなかった。同じく直示経路専用のスロットを持つ日本語では、他言語より直示表現が多く見られることから、その差を説明するにはさらに別のパラメータが必要となり、主観性の関与が示唆される。英語、ドイツ語、ロシア語は同じsatellite-framed languageに分類されるが、直示経路と非直示経路の共起パターンを見る限り、英語、ドイツ語はverb-framed languageである日本語と同じ振る舞いを示し、ロシア語は同じくverb-framed languageに属するフランス語と似た振る舞いを見せる。