サンスクリットには語幹がi-/n-で交替する異語幹名詞が存在する。この交替は他の印欧語に於いても珍しく,本発表ではこのi-/n-異語幹名詞の中でも比較的古くから記録に残っているakṣi-/akṣan-について取り上げる。
従来,akṣi-はそのパラダイムがdefectiveであるためにakṣan-から補充されたとだけ説明されてきた。しかしVedicと古典サンスクリットのパラダイムを比較すると,それだけでは説明がつかない。そこでまずakṣi-/akṣan-を歴史的に考察し,akṣi-は印欧祖語の語根名詞から接辞-(e)s-によって派生されたs-語幹名詞,akṣan-はそのs-語幹名詞が*-n-によって更に拡張された形であることを示す。更にVedicから古典期への変遷について,双数主格形akṣī の影響により,n-語幹のうち語幹末母音にa(< *n̥)を持つものがi-語幹へと変化したことを示す。