本発表では,アラビア語エジプト方言に三種類の受身を認定し,そのそれぞれに対する分析を通して,受身の普遍的な特徴とされる「動作主の背景化」の個別言語における具体的な現れ方を検討し,「動作主背景化」という一般的な概念の内容を再検討することを目的とする。本発表で取り上げる,エジプト方言の受身的な機能を持つ構文の一つは受動分詞を用いる構文で,出来事による影響の残存及び結果状態を表し,動作主の存在が最も背景化される。二つ目は自動詞を派生させるのに用いられるet-という接頭辞を用いるもので,出来事の発生自体を表し,動作主の存在も一定程度意識される。最後は本発表で便宜的に無動作主構文と呼ぶもので,能動態形式の動詞に三人称複数主語の一致標識が現れ,意図的な行為者の存在を含意するという意味で動作主を前景化させる側面を持つ。