副詞「決して」の歴史的変遷―認知言語学的分析―

高橋 光子

現代日本語の副詞の「決して」は述部に否定表現を要求するため,これを「決して」否定構文と呼ぶことにする。歴史的に見るとこの構文は比較的新しい文法形式である。18世紀初めの「決して」は「必ず」の意味で用いられ,その述部には肯定表現を取ることもできたからである。その後,「決して」否定構文は,文末に「まい」「な」「ず」「ぬ」等,語彙自体に打消や禁止などの否定的な意味が含まれる語彙的否定表現が支配的な時代を経て,「決して~ない(なかった)」という一つの閉ざされた形態へと向かい,固定化した文法形式の中に組み込まれていった。「決して」否定構文の意味類型は,「場面依存的」なモダリティを含む文から,「脱場面化」「脱発話行為化」の特徴を持つ文へと変化し,より抽象化した言語使用へ向かったことなどが分かった。このように,副詞「決して」の歴史的変遷について,収集した用例を基に,認知言語学的な観点から分析を行う。