定型表現の再分析とゆらぎ―慣用表現の変形からみる多義―
土屋 智行
慣用句などの定型表現は,必ずしも型どおりに発話されないという特徴がある。例(1)のaとbを比較したとき,下のような違いが生じる。
- a. 手を打つ→打つ手がない
b. *手をこまねく→こまねく手がない
先行研究はこれを「構成要素の分析性」という度合いによるものとしているが,そもそも語の多義が多次元的なものであるように,定型表現の分析性も多次元的なパターンとして捉えなければ,形式的変化との対応が探れず,また構成要素の意味と表現全体の意味の共存を説明できない。
本研究は,身体部位詞を含む慣用句の意味と形式的変化の対応を探った。その結果,全体の慣用的意味や構成要素の意味に応じ,語の修飾等の容認度が変化することを確認した。
定型表現の形式的変化には,複雑な意味のパターンが強く関わっていると推測される。再分析による意味のゆらぎが形式的変化の違いをもたらすことからも,定型表現の意味は精緻に分析されるべきであると主張する。