契丹小字は遼(916-1125)を建国した契丹人が独自に作った文字であり,近年の研究により表音文字が主体であることがわかっている。契丹小字資料に見られる固有名詞や称号などには多数の漢語の要素が見られ,それらを手掛かりに文字の音価が推定されてきた。
本発表では,先行研究の成果を近年新しく出土した契丹小字資料のデータを加え再検討する。その際に,これまでの研究では用いられてこなかったパスパ文字による漢字音の表記を考慮することと,文字の音価を推定するにあたって契丹語の音韻体系にも配慮する点でより厳密な方法を用いる。
発表者の研究により,契丹語に前舌円唇母音が存在した可能性,および摩擦音fは存在しなかった可能性を示す。さらに,従来は異なる2種類の文字だと考えられていたものが実際には同じ文字の異体字にすぎない可能性を示し,若干の文字に対して推定音価の修正を提案する。