古代ギリシア語の動詞 boulomai ‘欲する’は,方言による語形の差異が大きい。この方言差を説明するためには,ギリシア祖語における再建形式として語幹末尾に音連続 *-lno- を持つ鼻音現在語幹を想定し,音連続 *-ln- が各方言で様々な変化を引き起こしたと考えるのが適当である。一方,ギリシア祖語の *o は Cowgill の法則によって n__m などいくつかの環境で u に変化し,その結果,語幹末尾に音連続 *-no- を持つ語幹は接尾辞 –nu- による生産的なタイプの現在語幹に吸収されたことが知られている。それに反して boulomai は –nu- による現在語幹に吸収されていない。これは,ギリシア祖語の段階で Cowgill の法則の適用より前に *-ln- > *-ll- という変化が起こったからだと考えられる。その後に方言分岐が起こり,*-ll- が諸方言において様々な変化を起こしたと考えられる。