第129回大会ワークショップ概要

東アジア言語比較研究の観点から見た日本語・中国語の複合動詞

企画者・司会者: 酒井 弘(広島大学)

 日本語・中国語・韓国/朝鮮語など東アジア諸語を対象とした比較研究の現状を鑑みると、多くの特徴を共有する東アジア言語の間の比較によるミクロパラミタの研究(類型論的特徴を共有する「距離の近い」言語間の比較研究)はまだ十分に進行しているとは言い難い。そこで東アジア言語間の比較研究の現状を把握し、その一層の発展を促すことを目的として、複合動詞(Compound Verb)/動詞連続(Serial Verb)構造という類型論的特徴を共有する日本語と中国語の比較をテーマとするワークショップを企画した。

中国語結果複合動詞の形成と語彙概念構造

秋山 淳(九州大学非常勤講師)

 中国語の結果複合動詞(以下RVC とする)が形成される仕組みは何かについて、項構造、語彙概念構造、事態タイプ及び、歴史的な観点から考察する。まず項構造の結合による先行研究の説明には問題があること、後項動詞のヴォイス転換による解決の試みには限界があることを指摘する。S.Yong(1997)は陳平(1988)が提案したRVC を複変(complex change)と単変(simple change)に二分する分析を発展させ、達成(accomplishment)および到達(achievement)の概念構造と比較しながら分析を試みている。この分析を発展させる形で結果複合動詞の語彙概念構造を提案し、提案された構造は結果複合動詞の歴史的発展の観点から見ても妥当であることを示す。

中国語結果構文の派生とアスペクト特性

 鈴木 武生(東京大学大学院生)

複合語構造(VR Compound)持つ中国語結果構文(RVC)は、使役交替(と自他交替)を示し、その派生形では、構成素の項構造からは導き出せない項関係も実現する。本論では、使役派生制約として、他動詞/非能格型RVC では使役主項に活動行為の解釈が、また非対格型の使役主項には環境的原因者の解釈がそれぞれ要求されるほか、統語的使役標識や名詞の意味特性なども大きく関与することを述べる。一方アスペクトについては、V1 がV2 に付加されることで、先行局面と後続局面がVR 内に形成される。これにより局面推移が認識され、RVC の到達アスペクトが状態変化として解釈されると考えられる。以上の考察から、1) 左ヘッド説は支持できず、また2)VR 構造は、使役連鎖に基づく使役構造ではなく局面推移の意味構造を持ち、3)V1 の意味、V2 の項関係、使役主項の意味制約、使役標識など諸条件が満たされることで、局面推移スキーマが因果連鎖スキーマに拡張され、使役解釈が成立することを主張する。

時間的観点から見た日本語複合動詞の結合

張 楚栄(九州大学大学院生)

日本語の複合動詞の中では、「猟師が熊を撃ち殺した」と「*猟師が熊を撃ち死んだ」のような対立が見られる。また、「*猟師が熊を撃ち死んだ」を「彼女の頬は泣きぬれていた」と比べると、いずれもV1 とV2 という複合動詞の構成要素が[動作動詞+到達動詞]から成っているにもかかわらず、「泣きぬれる」は適格な組み合わせであるのに対して、「撃ち死ぬ」は不適格である。本稿では、これらの間に見られる非対称性を考察の対象とする。陳(1988)の中国語動詞に対する提案を取り入れ、Vendler (1967)などで提案された動詞の4 分類(状態 (state), 活動 (activity), 到達 (achievement), 達成 (accomplishment))の中の到達動詞をさらに瞬間的到達動詞と漸進的到達動詞の2 種類に分け、この新たな分類を日本語に導入し、実際日本語の動詞にも適用できることを提案する。

動詞句付加構造として捉えた日本語複合動詞

張 超(広島大学大学院生)・酒井 弘(広島大学)

 日本語複合動詞が、統語部門において動詞句付加によって形成されると考える分析を提案し、その分析のさまざまな利点を示す。まず複合動詞の項構造と意味特性の関係について整理し、V2 が達成動詞でV1 が事象実現の手段を示す場合にはV2 の項構造が複合動詞に受け継がれる(汚れを洗い落とす/*手を洗い落とす)が、V2 が移動動詞・行為動詞でV1 が動作の様態を示す場合には、V1 の項構造が受け継がれる(手帳を持ち歩く)ことを指摘する。このように一見相反する特性は両者がともに語彙部門で形成されるとする分析では捉えにくいが、複合動詞が統語部門で形成されるとする分析では、V1 が形成する動詞句がV2 を含む構造に付加される際の位置が異なると仮定することで、両者の相違を無理なく説明できることを示す。