日本語の非動作主使役文 (= Non-Agentive Causatives) について
酒井 弘
日本語には,(1)のように主語名詞句が動作主以外の意味役割を担う使役文が存在する。
(1) a. 季節はずれの大雪が(=原因・理由) 環状線を 渋滞させた。
b. 親友の不幸が(=感情の主題) 今日子を 悲しませた。
c. 弟が家出したという知らせが(=感情の対象) 政夫を 驚かせた。
d. 太郎が(=経験者・所有者) ぬかるみで 足を すべらせた。
このような非動作主使投文の存在は,次のような問題を提起すると考えられる。
- 使役述語の主語名詞句は,なぜこのように多様な意味役割を持ち得るのか?
- 感情・経験・自然現象等を表す表現において,なぜ使役述語が使用されるのか?
従来の研究の多くは,使投文に関する研究の一部としてこの種の構文の存在を詣摘するにとどまり,A・B二つの問題点について議論が尽くされているとは言い難い。またこの構文と通常の使役文との間の統語的性質の相違についてはほとんど言及されていない。本発表においてはこれらの問題に答えるための一段階として,非動作主使役文はいわゆる非対格 (= Unaccusative) の構文として分析されるべきであると主張したい。すなわち,a) 非動作主使役文における主語名詞句は変形によって派生的に生じたと考えられること,b) 一見対格を付与されているように見える「を」格名詞句は,実は構造格を付与されていないと考えられることの二点を主張する。
非対格仮説に基づくならば,主語名詞句が担う意味役割の多様性はそれが派生的に生じた要素であるという事実から導きだされる。そして感情・経験・自然現象等を表す表現において使役述語が使用されることは,使役述語による主語位置への選択制限の結果であるとして説明されることになる。