Deidic Schema でみる指示詞の用いられ方
―認知言語学の視点から―
井上 逸兵
日本語と英語の指示詞の用いられ方について,プロトタイプ理論を援用しつつ以下のような3つの原理によって解明を試みる。
原理 I:指示詞の発話は Narrarive space における,発話者の主体的な Deictic schema の設定とみなす。近接の指示詞は deictic center となる。
原理 II:発話者の選択する schema は以下の2つのうちのいずれかである。
原理 III: 近接の指示詞は focal point がおかれ,非近接(日本語では中称)は中立的になる場合がある。
例えば英語の 'this' は近いものを指し,'that' は遠いものを指すという一般的な見方はプロトタイプ的なケースにはあてはまるが全ての用例を説明し尽くせない。プロトタイプ的なものから原理・で説明しうる指示性の低いものまで放射状のカテゴリーをなす指示詞の解明には原理 I でいう「主体性」と原理 II でいう発話者と対話者の相互関係を考慮に入れる必要がある。
いくつか例をあげてみる。賄賂など受け取りたくないものを差し出された時,それを指示するのに相手より自分の方に近いものでも 'What's that?' と言うことができる。これは主体的に schema [A] を選択し,しかも指示物を相手の領域に置いたのである。また 'How's {that/the/your} throat?', 'He kissed her with {this/an/*the} unbelievable passion.' などの現象に関しても,schema を用いると納得のいく説明ができるし,'There are those who would not raise a finger to help the poor.' の 'there' と 'those' や「どこそこ」や「そこらじゅう」の「ソ」系などに関しては原理 III が有効である。