日本語における文要素の後置について

藤井 洋子

日本語は verb-final あるいは predicate-final language と言われ,主語や目的語など述語の前に来る文要素は relatively rigid word order を持つとされているが,動詞をはじめ形容詞,形容動詞,名詞からなる述語 (predicate) が文末に来るという語順の原則においては揺るぎのないものであるとされている。ところが実際の会話においては,この点さえも崩れることがしばしばある。「馬鹿ね,私って。」や「読んだ,きのうの新聞。」など,我々は頻繁に語順の原則を破っていることに気づく。当発表では,このように文のある要素が述語の後ろに来る(以下後置)文について実際の spoken text を用い,談話語用論 (discourse-pragmatics) 的立場から分析を行ない,その機能について明らかにするものである。
Hinds (1982) によれば,このような後置の起こる主な原因は,発話における話し手の文要素の省略 (ellipsis) の修正によるものだとしている。つまり,話し手は発話の最中に文の要素を省略するが,聞き手が理解できていないことに気づき,その要素を述語の後に補うものであるというわけである。これによれば,後置の機能は,省略によって生じたあいまい性を修正することにある,というものである。
以上のことを踏まえ,当研究では,後置の機能を探ることを主な目的とすると同時に,その生態を明らかにすることを試みた。
まず第一に,述語の後ろに起こる文要素の,文における文法関係 (grammatical relations) の分析,またそれらの文脈における情報関係の status (activation status) の分析結果について述べる。
第二に,上記の論が後置の原因の一つであると仮定し,topicality(話題性)について,Givon の提唱した topic continuity(話題の連続性)の検証法を用いて,後置された要素が,どの程度の topicality を持っているのかを計った。 これは,これまでの研究で,日本語においては topicality の高い文要素が省略の対象となるということが明らかになっており,後置された文の要素が省略とその修正であるならば,その要素は,その発話の中で topicality が高いものであると予想されるからである。
第三は,幾分異なった視点である語用論の立場から,後置が起こっている文の文脈内における有標性 (pragmatical markedness) について分析した結果,新たに明らかになった後置文の機能について述べる。
以上,主に二つの視点(上記第二,第三)から,文要素の後置の機能を探ってみた。その結果,上記のような省略の修正と思われるケースはむしろ少なく,後置文はむしろ文頭に来た述語が pragmatically marked なもの(例えば文脈において何らかの対照を示すものや,質問事項など)を伝える機能を持つケースが多いことが明らかになり,このことは,同時に,認知的に「省略の修正」と大きく異なるということが言える。