清朝前期の満漢合璧十二字頭からみた漢語の尖音団音

落合 守和

満洲語学習の第一歩に用いられたいわゆる juwan juwe uju(十二字頭)には,満洲語の単音節ごとに漢字(群)を対照させた満漢合璧体のものがある。満洲語を学習する漢人あるいは満人のために,満洲語単音節の発音を漢字(群)で示したものと考えてよいだろう。十二字頭は,不完全ながら,満洲語の音節表であるから,音節ごとの音訳漢字を検討することによって,その当時の漢語(おそらくは共通語に近い性格をもつ北方方言のひとつ)の音節体系ひいては音韻体系を推定することがある程度可能である。
この発表では,康煕 (1662-1722) から雍正 (-1735)・乾隆 (-1795) 年間にかけて刊行された十二字頭の音訳漢字を比較して,近世北方漢語の声類体系が成立する最終段階の子音推移,いわゆる尖音団音がそれぞれ舌面音化して区別を失うその過程を追究したい。このころに,北京を中心とする地域で話される漢語と満洲語とにそれぞれ次の音韻変化がおこったと考えられるが,その変化の時期はまだ十分に明らかにされてはいない。また,この変化のおこらなかった北方方言もある。
尖 音団 音
Chin.tsi- > tši-ki- > tš-
tsʻi- > tšʻi-kʻi- > tšʻ-
si- > ši-xi- > ši-
Man.ji- > dži-gi- > dži-
(lit.)ci- > tši-ki- > tši-
(si- >) ši-hi- > ši-
できれば,十二字頭以外の満漢資料・現代満洲語口語(錫伯方言)の漢語来源語彙のありようについても触れてみたい。