文脈内指示の働きをする代表的ロシア語指示詞に人称代名詞3人称形と指示代名詞がある。従来なされているロシア語指示詞の研究では両者の違いを明確に説明できない。そこで今回,次のような分析方法を提案して,この問題を考察した: 同一文脈内において,人称代名詞3人称形が指示代名詞へ置換可能か不可能かをインフオーマントの判断に基づいて調べる。この際,指示対象に関する次の7点を考慮する。(1) 人間であるか無生物であるか,(2) 親族であるか非親族であるか,(3) 具体的なものであるか抽象的なものであるか,(4) 単数であるか複数であるか,(5) 限定語句が付いているかいないか,(6) 指示詞の近くにあるか遠くにあるか,(7) 話者が好意を抱いているかいないか。(尚,資料はロシア人の会話を録音したものを用いた)そして,次表のような結果を得た。
指示対象 | 人称代名詞3人称形の指示代名詞への置換率 (低 < 高) |
人間 ― 無生物 | 人間 < 無生物 |
親族 ― 非親族 | 親族 < 非親族 |
具体的 ― 抽象的 | 具体的 < 抽象的 |
単数 ― 複数 | 単数 < 複数 |
限定付 ― 限定無 | 限定付 < 限定植 |
指示詞の近く ― 指示詞の遠く | 指示詞の近く < 指示詞の遠く |
話者が好意的 ― 話者が非好意的 | 話者が好意的 < 話者が非好意的 |
注) これは,A. Timberlake (1977) がロシア語否定文における動詞の目的語の格(対格―生格)の現われ方を説明するのに用いた individuation(個別性)を再解釈したものである。しかし,この概念がロシア語の二つの指示詞の違いにも反映されていることを発見し,また,新たな要因((2) 親族であるか非親族であるか,(6) 指示詞の近くにあるか遠くにあるか,(7) 話者が好意を抱いているかいないか)を提案したのは本発表のオリジナルである。