動詞接辞「し」の挿入について
宮良 信詳
動詞接辞「し」は,動詞の強意表現として,(a)や(b)のように,和語動詞や漢語動詞のいずれの場合にも強意の「は」の直後に付加されるものであり,(c)のような縮約が起る際にも,「し」は動詞の位置に現われるものであるが,本発表では(a)~(c)の「し]挿入を統一的に説明することを試みている。
(a) 太郎は辞書を〔買―い―は―し〕―たが,〔使―い―は―し〕―ない。
(b) 教授は学生にレポートを〔提出―させ―は―し〕たが,
{ | 〔評価-は-し」 | ―ない |
〔評価-し-は-し〕 |
(a)-(c)のような例を基にして,大旨,次のようなことを論じた。
(i)「し」は直接先行する「は」が在る時にしか現われないものであるし,動詞強意表現は「は」によるものであって,「し」は意味をもつ要素とは考え難いので,「し」は挿入規則で導入することの方が無理がない。
(ii) 「し」挿入規則が表層構造レベルから音声表示レベルに写像する規則の一つと見倣される時に始めて,「し」は動詞表現の末尾要素として,動詞範疇内に挿入されるという一般化が果せる。
(iii) 動詞語幹に後続する「い」は名詞化辞としての機能を有してはいないと言えるので,その「い」が「い」挿入に関するある一般的な音韻規則の適用条件を満足する為には,「は」(や「し」)はやはり動詞のもつ範疇内に存在すべき要素でなければならない。
(iv) 「し」の挿入は,あるタイプの漢語名詞(例えば,(b)における「評価」など)が動詞表現として使われる際にも,その直後に適用を受ける。
(v) (c)のように,動詞の位置が空になった時にも,「し」挿入が行なわれるものだと見倣すことの妥当性を示す。
(vi)上記のことを,X 理論を用いて,記号化するとどうなるのか。