中高ドイツ語における general relative clause "er ist sælec der..." の構文について

斎藤 治之

中高ドイツ語においては,関係代名詞による不定表現に関して,不定関係代名詞 "swer" による形式と並んで,関係文の先行詞として主文に3人称の人称代名詞が現われ,それが不特定の人を指し示す形式が存在する。例. er ist noch baz ein sælec man, der nie dehein êre gewan (Iwein 3969)(一度も名誉を得たことのない者はずっと幸せである。)
従来詳しく論じられることのなかったこの構文の起源と発展は以下のよりであったと考えられる。
1. 主文に述語名詞 (prädikatives Nomen) のみが現われ,先行詞を持たない関係文が接続する構文。 例. bṛhaṃta innu ye te tarutra ukthebhir vā sumnam ā vivāsān (Ŗgveda 2. 11. 16) (勝利者よ!讃歌によってあなたの好意を得ようと努める者は偉大である。); μάλ' οὐ δηναιὸς ὃς ἀθανάτοισι μάχηται (Homer E. 407) (不死なる神々と争う者は決して長生きしない。);heil, sá er qvað, heil, sá er kann ! … heilir, þeirs hlýddo ! (Edda, Hávamál 164)(それを語った者は幸せである。それを知っている者は幸せである。それを聞いた者は幸せである。)
2. 上述の限定用法の関係文が主文に後置される構文においては,“関係文―主文” という限定用法の一般的語順の場合と比べ,主文の述語名詞は強調されるが,さらにこの位置に感嘆表現として用いられる “3人称の人称代名詞+述語名詞” の結合が現われる。 例. ô wol si sæligez wîp, der fröude an ime belîben sol ! (Tristan 716)(彼のもとで喜びを見出す女性は幸せである。)
3. “人称代名詞+述語名詞” の結合において再解釈が生じ,人称代名詞が主語,述語名詞が述語と解釈され,両者はコプラにより結びつけられる。例. man wil daz er niht sî gar ein vollekomen man der im niht vürhten kan (Erec 8621)(恐れを知らぬ者は完璧な男ではないと人々は言う。)