トルコ語 bir の新情報マーカーとしての機能

栗林 裕

トルコ語は optional な不定マーカー bir (1) を持つ言語であるといわれる。同様のストラテジーを持つ言語は他にペルシャ語などいくつか存在し,大抵の場合,数詞 (1) に相当する語がマーカーとして用いられる。 本発表ではトルコ語の bir について,単なる不定マーカーとするより,bir は新情報を担う名詞をマークし得るという事実から談話文法的機能が関与していることを示す。物語文を資料とした分析から次のことがいえる。
(i) すべての不定名詞に bir がくる訳ではない
(ii) 形容詞と名詞の間に bir がくる事が多い
(iii) 既出の名詞が形容詞による修飾を受けた場合に bir がくる事がある
(iii) の bir つき名詞は出現動詞との共起あるいは文末位置といった新情報を担う名詞の分布と一致している面があることがわかった。例文 (1) の oda(部屋)は既出名詞であるが bir がつく。 この場合形容詞 bomboš (からっぽ)が oda を修飾し,動詞は省略されて oda は文末位置にきている。
(1)Bakarkibombošbiroda
見たところからっぽの部屋
資料の分析から (i) は語用論的な機能が関与することの表われであり,(ii) は名詞が既出であ,っても形容詞により新たに情報が付加され,その結果新情報としての地位が確立されやすいといえる。 bir が新情報を担う名詞につきうる事を支持する証拠として次の事実がある。
(i) 存在文は bir を伴うことが多い
(ii) bir フレーズは discourse referent になる
(iii) bir フレーズはコピュラ文には生じない
bir を不定マーカーとみる分析では bir が限定対格と両立する点が常に問題となってきた。
(2)Hasanbiröküz - üal - dɨ.
ハサンは牛 Acc買った
(2) では目的語である öküz(牛)が定であることは対格表示によって示されるが,bir と共起可能である。定,不定と新情報は両立可能な概念なので,この場合 bir を新情報マーカーと捉えることで無理なく説明できる。また本発表では bir が常に限定対格と共起する訳ではないという事実を示し,そこには限定性の度合が関与することを指摘した。