「-る」形と「-た」形の一考察

望月 通子

物理的時間・生物的時間・心理的時間・文化的時間などの諸相を含む時間は,言語表出を前提として模型化される。現代日本語の「-る」形と「-た」形に関する先学の研究を見ると,ムード論・アスペクト論・テンス論などが提示されてきた。主節は,発話時との関係からテンスを帯びることが多いが,とくに文学作品に著しく表れる視点の移動など,発話時を起点とする直示的なテンスの体系をもって説明することはむずかしい。通時的には,状態述語について過去を表す「き」・「けり」と,動作述語について完了を表す「つ」・「ぬ」・「たり」・「り」などが,現代語では「た」に収斂した事情もある。一方,従節は,アスペクトの概念をもって説明される場合が多いが,テンスの概念を用いなければ非文と見なされる用例もある。「-る」形と「-た」形は基本的に次のような意味を表す形態である。
形 態述語の種類アスペクトテ ン スム ー ド

状態述語
動作述語

未完了・同時
現在・未来
未 来
確 実
確 実

状態述語
動作述語

完 了
過 去
過 去
実 現
実 現
テンスから解放された「-る」形と「-た」形の用法は,前者は「確実」性によって,後者は「実現」性によって生じる含意をもって説明される。従節は,「-まえ」のように未完了に,「-あと」のように完了に,「-とき」のようにテンスとアスペクトに,「-ので」のようにテンスにつくものがある。とくにテンスとアスペクトが表れる「-とき」の用例について検討してみた。テンスという概念はきわめて最近輸入された概念だが,個別言語を見ても,現代語においてテンスの体系が整ってきたものもあるという。テンス・アスペクト・ムードという文の階層構造の中で,捉えていく必要がある。