ヘルパー PRO
高橋 孝二
PRO とは起源における分割とその痕跡の名である。 PRO が一面において anaphorlike であり,他面 pronounlike であるという二重性は,一度に二つの機能に関わることを可能にする。移動変形によって残される通常の NP-,Wh-,gaps とは異なり,PRO は「つねにすでに」一定の構造を成立させる条件として措定されなければならない空白の刻印なのである。起源においてすでに自己に対する距たりと差延があるという視点から得られる文法モデルの一つに,発表者の「根文の自己参照」 (1985) があるが,音形を欠如させつつ Wh-連鎖を文法的に成立させるはたらきを特つ PRO の「抗能力」について考えてみる。それは実体と機能との一体化である。
PRO は同時に前方照応性と代名詞性とを備えているのであって,いずれか一つの性質を備えているというのではない。この二重性は次の特性 (1) を発現させる。
(1) 1. 二つの θ-roles を特つ。
2. 二つの heads を特つ。
PRO の生起は既に opacity を解除しているドメイン区画が存在することを意味していて,(1) の2シグナル性は PRO の2サイクル性を本来的に保証する(ライセンス)ものであり,ここから機能連鎖を二つに分割する能力が提示される。Wh-鎖内での拘束性を解きながら Move-α を特異的に助けるヘルパー PRO の応答性には次が見出されているが,これらは (1) との相互作用に依る。
(2) 1. m-Subjacency の境位 m を m-1 に減ずることによって,下接性を保持させる。
2. Govemment と ECP とに関連して,最少性 (minimality) を保証する。
PRO は構造を非文法化の状態から救出する異化のプロセスであり,Wh-連鎖の開かれた生産的な「モナド化」による置き換えであるが,本発表の操作概念は,東大の長谷川教授が演習 (1976) で開陳された "trigger cyclic" という迂回する言語理論に一つの内実を与えるものである。