日本語の格助詞省略について

平河内 健治

東京方言において,主文の主語をマークする「が」は会話文でも省略できず,目的語をマークする「ヲ」は省略できるという格助詞省略の非対称を統率と束縛 (GB) 理論の中の格理論(格賦与体系と格フィルター)によって説明できるとする考え方がある。主格は目的格と違い統率に支配された格賦与が行われないため格助詞が存在しないと格が与えられない。それ故,格フィルターで排除されるとする。この考えは疑わしいものである。
一つは,方言によっては,省略がかなり自由であるものがあること(例えば,仙台方言や津軽方言),もう一つは,東京方言でも「ガ」が省略されることがあることの二つの経験的事実から,格助詞省略は格フィルターとは関連しないものであると考えることができる。方言によって格フィルターが作動しないという奇妙な説明を与えざるをえないからである。
むしろ,日本語の格賦与はすべて統率に支配され,このため,格表示がなくとも格フィルターで排除されることはなく,それどころか,格表示が剰余的となり,可復元性の原理に基いて自由に省略されるとした方が妥当である。
しかし,実際は,「が」は省略されにくい場合やされやすい場合がある。これは談話や語用論,また,知覚法上の制約によるものと思われる。焦点となって新しい情報を伝える名詞句につく「が」はこの特定の働きをそれ自体はたすので省略されない。つまり,可復元性がないためである。一方,主語についての前提がある時,主格表示は剰余的となり,省略されやすくなる。主語を探す知覚法の存在も主格表示を剰余的とする。このように,可復元性から「が」の省略がしやすくなる。
従って,文文法上の省略も談話文法上,語用論上,知覚法上の省略もすべて省略の一般的原理である可復元性の原理に基くことを「ガ」の省略は例示している。