ツォウ諸語(台湾)における動詞の“類別接頭辞” (classificatory prefixes)

土田 滋

"classificatory prefixes" とは「動作の様態(e.g. 手で,足で,話すことによって,殴ることによって,etc.)」を表す動詞接頭辞のことを指す。アウストロネシア語族の中では,今までのところパプア・ニューギニアの東南端 (Kilne Bay Family あるいは Massim Cluster とも),およびニュー・アイルランドやマナム島の諸語から報告されているにすぎず,この地域に独特の特徴とされていた。Tawala 語からの例を示せば:
hana- 「歯で…する」: hana-hedali 「噛みこわす」, hana-loloya 「歯で破る」
tu- 「足で…する」: tu-hedali 「足でこわす」, tu-loloya 「足で破る」
ところが台湾高砂諸語にも似た職能を特つ動詞接頭辞があり,特にツォウ語群諸語 (Tsou, Kanakanabu, Saaroa) でよく発達している。ただしパプア・ニューギニア諸語におけるそれら接頭辞は常に「その動作の様態(原因)」を表し,動詞語幹がその結果を表すのに対し,高砂諸語では必ずしも「様態(原因)」―「結果」の関係にあるとは限らない。Kanakanabu 語の例を示せば:
tara- 「見る」: taLa-Livá ? e ? 「見間違える」(-Livá ? e ? 「間違える」 tara-engécai ? 「見上げる」 (engécai ? 「上」)
ku- 「食べる]: ku-a-ti ? i-ti ? íngi ? 「少しだけ食べる」 (ti ? íng-ai ? 「小さい,少し」),ku-a-suúru ? 「食べ過ぎる」 (-suúru ? 「‥し過ぎる」)
数は多くないが同様な接頭辞はツォウ語群だけではなく,他の高砂諸語にも現れる:
台湾祖語 *taRa- 「見る」:
Sediq m-tg-sulay 「尻 (sulay) が見える」,m-tg-nbuyas 「腹 (nbuyas) が見える」,
Puyuma t-m-ar-na-naHu 「覗く」 (-naHu 「見る」),
Kanakanabu (上例参照),
Saaroa tara-a-engece 「まっすぐ前を見る」 (cf. ma-engece 「まっすぐ」),taLa-a-Likusu 「後 (Likusu) を見る」,
Tsou tro-frorɨ 「横目で見る」 (cf. mo-frorɨ 「横に歩く」),tro-mzocni 「にらむ」(cf. su-mzocni 「動かずにじっと座っている」)
台湾高砂諸語における「類別接頭辞」とパプア・ニューギニア諸語におけるそれとは,現在のところ形・意味ともに対応する例がなく,したがって南島祖語に再構することは困難である。しかしながらフィリピン諸語に見られる (m)ag- の用法のいくつかは高砂諸語のそれと起源的に関係があるかも知れない。