2011年度の論文賞(2件)

・内藤真帆氏(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科研究員)
「ツツバ語の移動動詞と空間分割」『言語研究』136号[本文PDF]

 本論文は,徹底した現地調査に基づく記述研究である。意味論の先端的な課題にも取り組んでおり,論旨も明快でわかりやすく,高く評価すべき論考である。
 ツツバ語はオーストロネシア祖語から派生したオセアニア祖語に由来し,ヴァヌアツ共和国のツツバ島において約500人の話者によって話されている言語である。この言語についてのこれまでの記述は十分でなく,現地調査で得られた資料自体がすでに貴重な価値を有している。本論文では,ツツバ語における3種類の移動動詞がさまざまな地理的条件によってどのように使い分けられているかという問題を,参与観察などを通して丁寧に分析している。これによってツツバ語話者が,どのように空間をとらえているかということを明らかにすることに成功している。
 ツツバ語における物理的・心理的,さらには歴史的な面から説明される当該言語現象の分析は,オーストロネシア語族一般においてこれまでいくつかの論考に取り上げられてきた分析をさらに深化させたものである。言語と空間認識の関係は認知意味論,および言語人類学においても多くの関心を集めている問題であり,このような分野においても本論文は大きな意義を有する。特に移動動詞の使用を,歴史的文脈をふまえつつ実証的に分析した点は高く評価できる。
 難をいえば,ツツバ語の記述に留まらず,視点や空間の認知に関する先行研究をふまえて,より一般的な考察がなされていれば,さらによい成果となったのではないかと考えられる。結果の提示の仕方などにも若干荒削りな面はあるが,本論文は全体としてフィールドワークに基づく重要な成果であり,後続の研究者の模範ともなる優れた研究である。
・中川聡氏(豊田工業高等専門学校)
"Synchronic and Diachronic Aspects of Nominative and Accusative Absolutes in English" 『言語研究』139号[本文PDF]

本論文は,英語分詞構文の主語の格標示の歴史的な変遷について,コーパスから得られた例とその頻度を考察し,先行研究を十分に押さえた上で,チョムスキーが“On Phases”(2008)において提示した格理論に基づく説明を与える意欲的な研究である。本論文は,コーパスを駆使し,理論的考察を加えることによって,英語の歴史的変遷についても新たな知見を得ることができること,また,歴史的データのコーパス分析により理論の発展に貢献することができることを示しており,高い学術的価値を有する。
 この論文の特徴として,まず,綿密なコーパス調査を行うことで当該現象の歴史的変化に関する新たな事実を提示していることが挙げられる。これは,統計的事実に留まらず,初期英語におけるAux-to-COM移動(助動詞前置)を示すデータを含むものである。さらに,主格独立分詞構文が,後期近代英語では衰退していく過程を,C-T構造の喪失(具体的には補文標識とその投射の喪失)に関連づける仮説は独創的であり,高く評価できる。この歴史的変化の説明は,主格とCOMP(補文標識)を関連づけるチョムスキーの格理論を支持するものであり,統語理論の観点からも意義深い。
 本研究には,若干の問題点も見られ,分詞構文と動名詞構文の区別があいまいであること,独立分詞構文の対格主語についてより詳細な分析が望まれることなどがあげられるが,いずれも今後追求すべき研究テーマを示唆するものであり,今後のさらなる発展が期待される。

授賞式(第143回大会,11/27,大阪大学)